リアリで行こう?

昨日住宅公社救済策を提示したハンク・ポールソン米財務長官。何かとても真剣で苦々しく、苦渋を超えてエネルギーが噴出しているみたいな、怖い顔をしていていたのが印象的だった。

フリーマーケットこそ命みたいなことを言う人が非常に多い地にあって、自分もその一派でありそれに基づき言を編んできた人としては、事実上の国有化(絶対そうは言わないが)という選択を自分がやるというのはまさに苦汁の選択には違いないよなぁとは思った。

でも、プラクティカルに考えて、これがベストなわけでしょ?
だから、私としては、ハンクさんが、フリーマーケット過激原理主義者に屈することなくリアルな経済を維持し、もって豊かな米国とその他世界を築くために頑張ってくれたことに感謝します、とか言おうかなと思うっす。


いやしかし、でも、その原理主義こそアメリカの基本みたいなところはあるわけなので、と言われる方が世の中多いやに思うわけだけど、それってそれほど根拠のあることなのだろうか?
大恐慌時代に公共の事業なるものが出てきて、その後それをリムーブしていって俺たちはフリーマーケット主義を取り戻したのだ、これが俺たちだ、と考える自由はあるが、その1930年代以前というのは、実際問題、国民一人ひとりのことを考える政府つーものが単純にかなり不備だった時代なんじゃないでしょうか、特にアメリカ。

19世紀一杯まで、帝国主義とも違う、そこに広大な土地がある!主義でやってきた人の末裔を名乗る人たちが、実際にはその時代の苦しさも知らずに、ただ理想を追っていると考えて悪い理由もあんまりないような気がするけどなと個人的には思う。
むしろ、フリーマーケット原理主義とは、冷戦の産物ではないのか? そうだよね、きっと。


しかしそれが主義になっているからこそ、その拒否反応というのもなんかすごくて、
ウォールストリートジャーナルの付属とでもいうべきMarket Watchというサイトを昨日、日曜日の午後開けたら、The End of An Era というデカイ見出しが目に飛び込んだ。

さらにその救済案を伝える記事の下には、1000を超えるコメントがずらりと並んで、開けただけで熱かった。なんて馬鹿なことをという嘆きと罵倒の嵐。俺らはもう、社会主義だ、United Socialist States of America (USSA)だとかいう冗談がなんか面白かった。今日になってもあちらこちらで苦情を言っている書き込みを散見できる。


一時的に国家が買い取りして、確かに事実上の国営化していくというのが悪い、そんなの社会主義的だと考える理屈というのも、なんか盲点ありまくりじゃないかと思う。世界一大きな軍隊という公共事業を持っていて何を言うかね、みたいな気もするし。でもって、各種政府機関も、日本とかに比べるとアファーマティブアクションが目一杯張り巡らされているわけなので、その社会性といったらない(不効率性といったらないとも言う)、だし、今日保険のない人が4800万人だかいるのです、という主張は確かに真面目に考えるべきだろうとは思うけど、実際には、人々は病気になったらエマージェンシーに飛び込むことができたりもする(それほどに公的、半公的な病院のキャパが大きいとも言う)。メディケアやら高齢者、退役軍人のソーシャルベネフィットというのは実はとても大きい。等々考えてみると、この社会が本当に問題にすべきは、フリーマーケット原理主義という名の下に、ちゃんと社会政策的に考えられることなく肥大しているそれら社会資産系の設備およびプログラムなのではなかろうか。

別の言い方をすれば、目を覚ませ、現実を見ろ、目標は主義を守ることじゃないんだ、より豊かな幸せな社会だ、わかるな、おいお前、気をしっかり持て、みたいな点にみんなの意識を持っていくためのこそ今がある、とかだといいなと思う。ま、イデアは強いわけだが。


と、いや、そんなことはどうでもいいのだが、とにかく、リアルにマーケットのトラブルを解決しようする意思と能力のある人がいるのは誠にめでたい。ハンク、いいわ。