水島はどうしているんだろう

世の中がなんだかざわついている感じが抜けない今日この頃、トロントは普通に秋。あれっと思ったら街路樹が黄色くなっていた。先週あたりは妙に暖かくて週明けは25度から30度近くあって、週末金曜夜には10度になるってどういうところなんでしょうかもう、なのだがそういうところ。日が短くなったら途端に寒くなるのは地面が基本的に絶対に、つまり永遠に温まってないところだからだと思う。

と、そんなところからサンダル履いた兵士が背中から撃つの光景を映像で見るのは何か非常に遠いような、それでいて、それはやっぱり日本の人だとすぐにわかるからなんだろうがとても辛い気持ちにもなった。いやだよなぁこんなのと私は思い、しかしご本人としてはそれもありという含みでこの職業を選んでいたしたんだろうなと思うと、冷たい言い方になるのはよくわかっているが、亡くなる時に後悔めいたものはなかったのではないのかなど思いもした。

自分も年を取ってきたのでそんなことを考えるのだろうが、安全で決まりきっていてだいたい大丈夫だが自分でやりたかったわけでもないけどさ、という人生を送るのも人生、不安だし不安定だしどうしようもないと人にも言われるがでもやると決めたからやっているという人生を送るのも人生だ。どちらでも、それは本人にしか選べないのだし、残る問題はそれを近しい親とか妻子、夫や子供とアグリーできてるかどうかだけ、なんだろうと思う。ご両親はさぞや悔しいでしょうが、でも息子さんの一生について後悔めいたものがないことを祈ります。


さてそれでミャンマーというかビルマ。水島ぁとどうしても言いたくなるビルマは一体どうするというか、どうなるんだろう・・・。
(実話じゃないといくら言われても、あれはあれでいい話だと思う)

英語メディアは、軍事政権批判一色で他に色合いなし。軍事政権と聞くと悪魔でも出てきたみたいに高らかに批判していいと判断するこの思考形式ってなんざましょ、と私はかな〜り引いてみてる。といって別に軍事政権ファンではないんだが(笑)、非常に短絡的な伝え方とそのリアクションにかなりげんなりする。やっぱり民主化しないと、みたいなことをすぐに人々は言うわけだが、その同じ人々は民主化をといって突っ込んでいったイラクに関してはサダムフセインのままでもよかったみたいなことを言ったりした人々だった可能性もたっぷりあるわけで、結局、何にも考えてなくないか?と思わないでもない。

また、僧侶が意を決しているみたいなんだけど、それってどうやってらそうなるのかというのに若干の疑問もある。もちろん、軍事政権側の経済政策がダメダメで、それに対して国民が立ち上がりました、で、そこで暴動が起こってます、軍事政権がハードに抗していますという状況は沈静化する必要があるが、それと、このレジームを今すぐどうこうというのは短期的に一緒にはならないように思う。茶化す気はないが、暴動すら起こらないらしい北朝鮮とか、暴動は有史以来慣れっこですのチャイナとか、そういうのはどうなんだろうかと思ってみたりもする。要するに、なんでここにこんなにフォーカスがきれいに当たっているのかが不思議と言えば不思議。


ビルマの問題を聞いていてだいたい常に私が疑問に思うのは、なぜ第三極がないのかということか。
軍事政権が芳しくないらしいのはわかったとして、アウンサンスーチーさんで治まるとも思えない。アウンサンスーチーさんが担がれて選挙では勝ったかもしれないが、背中にイギリスがべったり張り付いた人を頭にこの歴史背景でこのまま行けると誰が思ってるの?というのが私には昔からずーっと非常に不思議。

さらに、まだ前の頃は彼女自身が若かったせいもあるから難局を乗り切り実務を経験していく可能性もあったが、誰でも年はとるわけで、今となっては実務経験のない人になっている以上、よしんば彼女を担いだとしても別途実動部隊が必要でしょう。しかし実動部隊がフルにいるのなら、逆には、スーチーさんのポテンシャリティは小さくてもいい。もし誰かビルマをなんとかしなければと思う人がいるのなら、必要なのは実務を担える第三極だ。なぜその準備を誰も支援してないんでしょう、国際社会、というのが不思議。

で、だからこそイギリスがまた混乱させて自分に都合のいいことを考えているんだろうと、私が言わずとも東南アジア中で、あるいは、アメリカ、、カナダ、イギリス、オーストラリア・・・・つまり、インドを除くコモンウェルス以外の残りの世界ではそう思っていると思うし、そうであれば、このプロットはもうダメ、じゃないのか?と私は思うのだが、それにもかかわらずイギリスの外相が、今回また早々にスーチーさんをまだ押しているようで、かなり驚いた。まじでこのプロットのまま行くのか?と。

もちろん今回の主眼が単なる軍事政権叩きとそれに伴うチャイナ情勢ウォッチの一貫だとすれば、そんなことはどうだっていいわけで、その場合は、援蒋ルートの逆を行ってチャイナに嫌がらせをしているイギリス(またはアメリカ)と見えるわけで、日本人にとっては、ただただ世の中変わったものですね、など言って傍観するのが吉だとしか言えない。

かわいそうなビルマ。立ってた位置が常に常に重要すぎてこういうことになっているのよねとしみじみそう思う。


と、脈絡をどうつけていいのかわkらないのだが、今朝読んだ今週のThe Economistが、

現政権は抗議行動者への発泡発砲をやめるべきで、
スーチーさんを含む政治囚を解放するべきで、
ばかばかしい「ナショナルコンベンション」(全国党大会?)で決められた憲法ガイドラインを止めて、
スーチーさんグループを含む関係グループみんなで真剣に話し合うべきだ。

そこで、この対話はもちろん民生、民主制への移行ということで、その一部として、自由で公平な選挙をしろ、
その際にスーチーさんと彼女の党は、1990年に勝った選挙結果が有効だと主張するな、と書いていた。ほぉ。譲歩しろと。
http://www.economist.com/opinion/displayStory.cfm?Story_ID=9867036


これは、冷静に考えれば合理的で可能性のある意見なわけで、別に不思議でもなんでもないし、この雑誌は別にイギリス政府の代弁者ではないからこう書いても不思議でもまったくないんだが、そうじゃなくて、上で書いたように、どうしてこういう線で、つまりスーチーさんにこだわらない線を模索するように今までしてこなかったのと思っている私としては、ここに来てこれって、どこかで何か、路線が変わって来たのかしらなど思わないわけではない。


そして、いや、そしてと続くべきなのかどうかよくわからないが、この雑誌のミャンマー関係別の記事で事件の経緯を負ったものが差し替わっていると思うんですけど・・・というのもちょっとメモ。思うじゃないくて、そうだ。

今朝がた読んでいる時に、サイトを間違って行ったり来たりしたら写真が変わっていて、あれ、ページ表示の度に写真が変わるの?ま、斬新とか思っていたら何かちょっと違う気がして文字に目を落としたら若干違いがあった。すわと古い方だけをコピーしておいて今読み比べたのだが、記事が詳しくなっている部分だけでなく、なんかフォーカス、強調点がいくらか違う。

この記事。
On the brink
http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=9868041


違いは、新しい方が、このレボリューションを成功させるんだ、みたいなことを民衆が言っているという話が加わっているのをはじめ、全体に、民衆による改革っぽい雰囲気をやる気になっているグループの話が出てる。古い記事にそれはなかった。単純に取材を拾い切れてなかったとももちろん言えるんだろうが、テーマがテーマなのでやっぱり気になる。(またか、みたいな気もしたりするわけで)

もう一つはスーチーさんの扱い。新しい方でも、精神的な支えになってる人物ではあるけどuntested leader、つまり試されてない、実績がないリーダーだからという書き方が最後の方に見えるし、上の最初の記事を考えれば、要するにこの人首班というストーリーはダメというのが、ひょっとするとこの雑誌の執筆陣の説なのかな、と読めるわけだけど、新しい記事では、それにもかかわらず、スーチーさんのきれいな写真が付いて、それはそれなりに精神的支柱の人の扱いになってる。何行か感傷的な文も増加されていた。これって、何に対する気づかい?とか勘ぐってしまう。

何が起こるんだろう?

そして、

As in 1988 and 1990 the Burmese people have shown they want to choose their own leaders. In the past they did not fully reckon on the ruthlessness of the people they were up against. One day, as with all tyrannies, Myanmar's will fall. But much blood may flow before that day dawns.

この最後の言葉が怖い。あらゆる圧政がそうであったようにミャンマーのもやがて倒れる日が来るだろう。しかし世が開ける前には多くの血が流されるかもしれない。って・・・。それって、どういう意味なんでしょうと勘ぐってしまう。水島はそんなこと望んで赤い土の上歩いてないと思うんだが。