予算とは政治的な文書である

今週のカナダは予算が発表されたのでその話題にみなさん忙しい。

で、日本の新聞でふとこんな記事をみつけた。

児童手当法の民主改正案、子ども1人に月2万6千円
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070320ia24.htm


なんかこう、子供のいる人にとって福音だ、それ票になる、といわんばかりなど思った。
基本的に、子供のいる家庭といったってその親の収入には膨大な差があるわけで、
それを一括りに考えるというのは、票にとっては正しい方向だろうが社会的政策といえるのかどうかはかなり疑問の残るところだろうと思う。

例えば、この一人あたり[の合計]に6兆円ほどかかるそうだが、それを保育所の拡充に徹底的に使った場合、直接的な恩恵に見えない、感じられない人もいるから直接的な票に繋がる感触は小さいだろうが、その6兆円は消費されずに、キャピタルとして残っていく。そして、それは、公立でも私立でもその学校なり施設なりがオープンである限り、誰もが等しく使える。こういうのを社会施設の拡充とよび、でもってそれはみんなのために大体いいだろう、と見なされるものじゃまいかなど思う。


それはそれとして、この金額を見てふと類似しているものを見たわ、など思った。

カナダの予算案にあった子供有り家庭向けの対策として、子供一人頭$310のタックスクレジットを設ける、という話。金額が似てる。このぐらいの数字って「穏当」ってことなのかな。
タックスクレジットとは、日本式にいえば、控除というやつ。子供一人に対して$310の控除が認められる、と。

なんかちんけじゃんか、と言いたくもなるのだがその他にも子供に関するベネフィットはいろいろあるらしいのでカナダは子供に対するケアが著しく低いとは一般的にはみなされていない。というか、カナダって子供持ちにはいい国だと思う、ってのはある種誰に聞いてもそう言われるコンセンサスじゃないかと思う。対比的に子供持ちじゃない、比較的高額を稼ぎ、特に大きな持病を持つわけでもない人にとっては、税だけを考えたらラッキーなものはあまりない国といっても過言ではないかもしれない。もちろん、どれだけ政府=国民が投資してると言ったところで、足らない足らないという人は残るが。


さて、この予算、カナダの与党は現在のところ保守党なので、保守党政権の政策として発表された。でもって、子供家庭向けのクレジットなんかも含まれたこの予算は、なんてリベラルな予算なんだ、と言われている。

つまり、保守党は大企業の優遇しか頭がないんだとかへちまのと山のような宣伝、あるいは脅しがなされてきたが、この予算案を見れば、これってまるでリベラルじゃん、ということらしい。もちろん企業向けにもいろいろベネフィットはあるようだが(精読してないので私はよくわからん)、一般的な人々に向けての拡充策も別に手を抜いているとまでは言えず、概略たいして変わらないとも言う。

また、カナダの予算は、連邦予算(国家の予算)は、この中から各州ごとに振り分ける部分を持っていてその振り分け、分配、分捕り合戦で騒ぎになる。で、今回はそういう州振り分け分の38%がケベック州という人口比率で25%のところに行った。これは納得できないのじゃないか、という向きもある。が、しかし、これは政治だ、というのがかなり理解されている。

保守党は少数与党(マジョリティを取ってない与党。でもってカナダには連立与党という習慣はない)なので、協力者が必要でそれが現在のところはケベックのケベコワという党だ。だから保守党はここに急接近して基盤を固めようとしている。そんなのへんじゃん、と言って言えないことはないが、ケベックが問題化するよりマシだ、という判断もできなくはない。ケベックとしたら大目の予算をもらった連邦与党を蹴りつけるわけにもいかない。これはケベック外から見れば、連邦がまるくおさまるために悪いってもんでもないともいえる。

さらに言えば、これはある種の曲芸だったかもしれない。なぜなら、ケベックに予算が行く、フランス語なんか使いもしないのに公用語指定されてる、こんなの無駄だ、云々というのは伝統的に西部地域からの批判だった。そこでもしケベックまたはそのすぐ隣のオタワあたりとかとにかく東部中心地域出身の誰かがケベックに予算を盛り込んだら当然批判の対象になる。が、与党党首ステファン・ハーパーはその西部地域(BCを除く)の支持を基盤に勝ち上がってきた(出身地はトロントだが)。だから、ケベックへの「優遇」をしたとしても、支持基盤を裏切らない程度においては無批判同然だ。


つまり、保守党はこのたびの予算を通して、基本的にリベラルっぽい人々の多い(あるいはそういう政策に馴染み続けて幾十年という人が多い)カナダのマジョリティを押さえ(少なくとも、怖いわけじゃないじゃんか、となり)、その上で国家の統一感に対して常に問題のきっかけを提供してきたケベックを連邦下に組み入れた、などとも言えるようだ。

とういことは、この予算案を見て困惑したのは、野党リベラルだ、というのが予算案発表3日目までに見えたコンセンサスっぽい。
お株を奪われた上に、これまでさんざっぱら、いいかあいつらは大企業のためだけに働いているのだ、石油企業のための党なのだはおろか、アメリカのネオコンに従う恐ろしい党なのだとまで宣伝していたこの党の予算案が拍子抜けするほど俺とおんなじ、つまり中道右派的なリベラルでした、では批判の切り口がない。


そういうわけで、保守党、思ってたよりもひょっとして頑丈な体制になっていくんだろうかなど思えてきた。参謀いいんでしょうね、きっとと私は今回は結構感心したりもした(各論の是非とはともかく)。

ついでに、それ自体としてがんばってるじゃんか、というのもあるけど、対するリベラルがまるで日本の民主党よろしく、なんかばらばらになっていてまとまりがない上に、まとまったかと思ったら、前にも書いたけど、それはひょっとして最弱の選択ではないでしょうか、というリーダーを選んでいたというのもある。ディオン氏(リーダーの名前)にはなんの恨みもないが、この人でカナダ全土を押さえられると考えているとしてら、リベラル、相当に焼きが回っているとは言える。こっちは参謀が古いんじゃまいか?


そう、古いログにもあるはずだけど、前は保守党の出し方、プレゼンが下手くそで、選挙のできない党だという印象を私は持っていたのだが、対抗陣営が墓穴を掘り続けているので下手だが結局特に何かを変えたわけではない(もともと各種政策にブレがありまくりの)保守の方がむしろ安定度を増している、などとも言えるかもしれない。


誰だったかのテレビで予算というのは政治的なステートメントなんですよ、と切り出していたが、まさにそれを上手に使ったのが今般の保守党予算だった模様。


予算案についての現地のコメンテーターの記事は例えばこんなところ。G&Mのジョン・アボットソンという評論家(というのだろうか)の意見。本質的にはリベラルのお友達的な人らしいが、遠慮せずに思い切ったことを言うので面白い。
A budget so Liberal, the Grits should sue
The fiscal conservative has gone the way of the dinosaur

http://www.theglobeandmail.com/servlet/story/RTGAM.
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