夢の革命


今さっき、「中国文化大革命」なるものについてのドキュメンタリーフィルムを見た。TVOで毎週見てる番組を見終わってそのままにしてたら、あの独特の甲高い声で歌う、他のどこでもないチャイナの声というのが聞こえてきて、ああそういえば先週もなんかやってたなと思った。消そうと思ったがふと別のことをしているうちに番組がだんだん盛り上がっているらしくて、歌う歌う。なんだこれはとついに座って見始めた。

これは革命的だ、いやそうだろうか、革命的じゃない、間違ってる、だのなんだのと若いにいさん、ねぇさんが、眉をつりあげて議論しつつ、長征とかいうのか、チャイナの革命神話の中心部を担っていましたとナレーションが語っていたが、それにあわせて奥地、辺鄙なところに若い人が行ったらしい。元気よく。で、その道すがら、古い仏教施設があると、こんなのは封建的だと若者が力まかせに壊す壊す。あっちでもこっちでも。そんなのが続いたかと思ったら、今度はまたまた何が革命的か、これは毛主席の考えにあっているのか否かだかなんだかなんだか、なんだかよくわからない理由で(実際そうだっただろう)、胸の前に看板をかけれた男や女が人民というのか民衆の前に引き出されて、頭を押さえつけられる。人によっては殴られたのかなんなのかなんせ打撲傷を目いっぱい負っていることがあきらかだ。


この間に一組の親子が話しの縦糸になっているようで、父親はその革命中になんかの嫌疑をかけられる。翌日娘は熱心な党の擁護者というか毛沢東の擁護者なので、こんな人は父親ではないとみんなの前で言う。で、その後父親はどこかに連れていかれて、どこに行ったのかもわからない。が、そうこうしているうちにさまざまな事件から娘は毛信仰に疑念を持ちはじめて、そのうち毛も死んで、娘は11年ぶりに父親に会う。会えてよかったけど、当然その間死んだ人ももちろん多数いる・・・他の家族では弟が言論でひっかかって論争の的にされて最終的には要するに処刑されたらしかった。

また、劉少奇の未亡人の話が多分大きな縦糸だったんじゃないかと思う(途中から見たので仕立てがよくわからないというのと、いちいちの人の名前が、当然のことながら漢字読みじゃないから咄嗟によくわからなくて前後で多分それだな、という具合に見ていたので、多分、だが)。


とりとめのない記述だが、そういう話が具体的な話以上に怒涛のようにフィルムから沸いてくる。この革命とはなんであるかという形而上学的アプローチではなくて、当時のフィルムとその当時生きていた人で、多分今も存命の人の写真と思い出でつづる文化大革命という仕立て。

http://www.morningsun.org/film/


先週も見ればよかったと思った。しかし、見るにはいいけど、これがリアルだったなんて、あんまりじゃない?というほど、冗談ではなかった。いやむしろこれは大きな冗談、大きな夢、悪夢というにはあまりにも奇妙にポジティブな非現実的な現実だったのじゃなかろうかとしみじみ思った。ナレーションが語る1967年とか69年とかって、私はすでに生きてるんだよなぁと振り返り振り返りしたが自分の人生とどう合わせていいかよくわからなかった。


途中から見たせいもあるだろうけど、こんな調子で政治を行うって、ごく短期的、殊に戦時中ならどこの国にでも、日本でも、カナダでもアメリカえもイギリスでも、そうして奇妙に立派にドイツでもあるわけだけど、これを何十年も、しかも、別に敵なしにやっていたというのがすごい。まぁ、敵は資本主義諸国、帝国主義諸国だったんだろうけど、それと偉大なるチャイナ作りになんの関係があったんだ? いや、なにもなかったからこそ、この奇妙なまでの、前に向かうぞぉお、革命だぁああああのトーンが必要だったというのがオチなのよね。で、今その人たちはあの時代をどう思ってるんだろう?? いや、夢だったのだから、起きたらきっぱり忘れられるんだろうか?


へんなアプローチだけど、見て損はない一作ではないかと思った。2003年製作の2時間ドキュメンタリー。再放送があったら最初っから見よう。頭がくらくらするけど。