The Economistのカナダ特集

私がカナダについてごじゃごじゃ書きはじめてからちょうど3年ぐらいになる。その間に、最初はじめた頃は考えてもみなかったのだが、イラクでの戦争があって、その後があり、サーズがあり、おかげでローリング・ストーンズも見たし(サーズで痛んだトロントのダメージを覆すぞキャンペーンだった)、経済がのぼり調子になっていく時のカナダ人の鼻息の荒さも見たし、それ以上に、あっという間に、トロントが東京をのぞく日本よりも生活コストが高いのではあるまいかというところまで何もかもが高騰していったのも見た。特に住宅、家賃の高騰はびっくりだったし今もびっくりだ。街の真ん中をどこでもここでも掘り返してコンドミニアムを作り、この先どうするのだと思うものの、人口増加を予定しているからこそできるというものなのだろう。当然投資対象。
 そのムードの中で、オンタリオ州トロントのあるところ)は先にいって電力が不足するだろうと言われているのだがメドがたっていうのかどうかちょっと難しいところらしいとも聞く。節約?したこともありませんが、すべきですね、なにしろカナダは環境先進国ですから、といったことを議員さんやらなにやら「エライ人」がテレビで堂々と言っていたが、今ごろそれを言うのかと少し引いた。しかし実際人々の頭の中に電力を節約するという考えはあまりない。
 また、人口増加を見越して大トロント圏をさらに拡大しようとしている中で交通機関が問題となり、それは当然公共交通機関の拡充に焦点があたるわけだが、それを語る「エライ」人たちは、自分がその公共交通機関に乗る可能性をほとんど感じていないように見えた。つまり昔ながらの、そして北米で主流であるところの、車がない人が公共交通機関に乗っている、以上を考えついていない。しかし都市が拡大されるのなら中心部への車の乗り入れは制限される方向で、そして広範囲の人々が地下鉄などの公共交通機関を利用することを考えないとできないわけだが、そこに気付いていない人がものを語る。このへんの頭の中の変換と人々の生活スタイルの変換は、自然にはできないわけで、啓蒙みたいなものが非常に必要だが、この都市の大問題はそれにあまり気付かれていない点ではないかと私という、公共交通機関先進国から来た人間は思うわけだが、現地人の多くは気付かない(特に責任ある立場にある人々が)。作ればいい、といった点に終始しがち(しかも作れないし作っても効率が悪い)。こういうのは、みてて精神衛生上あんまりいい感じはしない。


さらには、こっちは文字通り身体に悪いのだが、数時間待ちの救急病院をそのままにカナダはヘルスケア大国ですというのも、ちょっと少し気が思い。
 これはそのうち書くかもしれないがファミリードクター制度も考え直すべき点が結構あると見える。ファミリードクター制って、数多くの医者のうちから自分で自由に選べるほどに医者が多い場合には有効だと思うけど、そもそも全体に足りていない場合には全然良さが見えないシステムかもしれない。むしろ相乗効果を伴って非効率を誘うのではあるまいか(入り口が過度に狭められる)。また、全員の医学的知識が限りなくおそまつであるという場合にも、ファミリードクター制という、いわば最初の通過ポイントでの「振り分け」は意味があるかもしれないが、これは皮膚科に行くべきか、整形外科に行くべきかそれとも胃腸科がいいのかを自分でまず大まかにでも決められる人口が多い場合には冗長なシステムとなる(専門医をファミドクから紹介してもらわないと行けないから)。


私は根本が丈夫だし、自分なりの知識、習慣も健康に役立っているように思うので、つまりあまり医者に行く用事がないのでこれまでのところ個人的には特に不安に思うことはないのだが、知り合いに何かあるたび、なんだか、これって、と思わずにはいられない。ケガのリスクは誰にでもあるわけだし。しかし、前にも書いたように、ここに問題がよこたわる。アメリカに比べればなんて素晴らしいのでしょう、でお話終了、というそれ。


つい先日も、Financial Timesに、まったく絵に描いたようないつもの論旨のカナダ人の投稿が載っていた。


Canada's healthcare system is not inferior
http://news.ft.com/cms/s/dc097dfe-62d7-11da-8dad-0000779e2340.html


カナダのヘルスケアシステムは劣っていない、アメリカには4500万人も保険に入ってない人がいるのだと。いや、そういう問題じゃなくて、お金を突っ込んでも突っ込んでも改善されない医療と普通の人の遠さを問題にしているのだが・・・と多くの人は今日もため息をついていることだろう。


とはいえ、別に医療の質が悪いとかそういう問題ではないし、先端的な部分も含めて全体として、プロパーな意味で医学的にどうしたこうしたという指標を使えばカナダは立派といっていいし、信頼できるものだと思う。だから、問題は、昔決めた制度を抜本的に立て直しませんか、そうでないと都市化にたえられないんですけど、という政治的な部分にある。


さて、そういう状況を、今週のThe Economistがシビアに分析していた。
今のカナダの政治的を、「its politics is a fractured mess」、ぐっちゃぐちゃだと書いていた。いやぁ、ほんとに、マジでそうだと思う。


Canada's wintry election
http://www.economist.com/displaystory.cfm?story_id=5246673



これが、今週配信分の表紙というのは、ちょっとカナダかわいそうとか思ったりもする。

ともあれこの記事によればカナダに注目するわけは、一つには地下資源がものすごく豊富だという今日的意味と、アメリカと似たような感じなのに違う、しかし例えば経済制度などとして遠いわけではない、「a healthy rival to the American way」(アメリカ流への健全なライバル)という意味だと言う。



が、そこに異変が起きている。
経済はうまくいっている。しかしカナダは気難しい反米となって、とりわけブッシュ批判はどこでもかしこでも聞こえてくる。そして、政治はめちゃくちゃ。

今回の不信任案可決による選挙は確かに特定のスキャンダルが原因で、それは不祥事だがそれは、より酷い機能不全の単なる症状だとThe Economistは言う。

Sleaze is merely a symptom of deeper dysfunctions. The Liberals have been in office for 12 years. Stephen Harper, the leader of the opposition Conservatives, was right to say that Canada was seeing the end of “a tired, directionless, scandal-plagued government”. Mr Martin was a fine finance minister, but as prime minister he has, on the whole, disappointed. Rather than reform Canada's cherished but increasingly expensive state-provided health-care system, he has merely pumped ever more money into it. Although he promised to improve relations with the United States, he has not done so.


リベラル(自由党;これが与党)は12年間政権についている。野党保守党のステファン・ハーパーが、カナダは「疲れて、方向を失って、不祥事まみれの政府」を終わらせようとしているというのも無理はない。首相のマーチン氏は素晴らしい大蔵大臣だったが首相としての彼は全体としてみれば落胆させられる。国家と州が管理するヘルスケアシステムはカナダの大切なものだが、ますます高くつくものとなっていき、マーチン氏は単にそこにお金を注ぎ込んでいるだけだ。また、米国との関係も改善させると彼は約束したが、それははたされていない。


と、こんな具合で、シビアに見えるわけだが、でもこれに対してそんなことはないマーチンはよくやっているという声を実際カナダでも聞けるわけではないというのが今日の、その、複雑骨折並のぐじゃぐじゃを示している。


しかし、いや、しかも、では、だったら野党である保守に行けばいいではないか、とはなれない、からこそ複雑骨折だ、と。というのは、前から何度も書いている通り、そして私だけでなくThe Ecoomistが言う通り、と今日は言える(うれしい)、まずこれが問題。

The Liberals are the only party with national appeal?a big problem in a country where regional tensions are again on the rise. The Conservatives' stronghold lies in the west, and in Alberta in particular.


まず、全国的に万遍なく強みを発揮できるのはリベラルしかいない。(いや、NDPもできるが)
そして、保守が強いのは西部地区、特にアルバータ
これは、あんまり深く考えずに見れば、アメリカの共和党に似ていなくはないそれだ。つまり右だ。
そして、その右は、結構強く右だったアライアンスと、そこまでではない急進保守があり、西部で強かったのはアライアンスであって急進保守ではなかった(名前が名前だが)。それが2003年に合併して保守になった。そして党首はアライアンスのハーパーとなった。すると、何が変わろうとも、見掛けとしては、ハーパーたち、が露出されている。


さてそこで、このハーパー氏は、人口最大の州オンタリオで、これでもかと言うほど評判が悪い。「ハーパー氏はカナダ人には右するぎると思いませんか?」と、ニュースのキャスター(私が密かにカナダの草野光代さんのようだと思っているお嬢さん)が言っていたのを見たことがあったが、ハーパーはカナダ人じゃないのか、右の人はカナダ人ではないのか、と突っ込みたいものがあった。が、オンタリオじゃこの態度が当たり前すぎてなんとも思われていない今日この頃。

次に人口の多いケベックでは、ハーパーだけでなく一般に保守といわれているものすべてが悪評。いろんな理由があるんだろうし、イデオロギー的なものもなくはないだろうが、もっと根本的、歴史的にはそもそもここの「保守」がよりイギリス的な人々の集合体だからというのも大きい。
The Economistもこの点を指摘している。
http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=5243207


とはいえ、こうした亀裂は最も短期的に見ればアメリカのイラクでの戦争を巡って深まった部分もある。が、やっぱり、時間が立てば立つほど、あるいは政治家、メディアなどが上手く処理しなければしないほど、さらに、ケベックもそうだけど、より本質的、あるいは、より「昔っからそうだ」に流される部分もあるように見える。直感的で感情的な議論とでもいうのか。
 そして、そうやってほじ繰り返せば実にまったく明らかに、東部と西部諸州の間には亀裂がある。ファクターは、歴史的な州の創設の仕方、もう一つは40年代のアルバータの石油を端緒とした「新西部」時代であり、この付属として今後さらに拡大するであろう、石油リッチなアルバータと連邦の問題がある。ぶっちゃけ、連邦はアルバータ支配下におきたいし、アルバータは嫌だ。そしてそれが一時一段落したかと思っていたら、埋蔵状態から考えて使いもんにならん石油じゃないかと言われていたオイルサンドが、いけるかも?となってきたところで問題再燃と。
最近の状況はThe Economistの今週号のサーベイの中のこれ。重要。
http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=5243147


歴史的な点について、詳しくは、いろんなご本があると思うんですが、ネット上で私が読ませていただいたものでは、
柳原克行先生の、
「カナダ連邦システムと地域主義、国民統合」が読みやすく有益です。お借りしてお礼を申し上げます。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/00-5/yanagihara.htm


と、話がまどろっこしくなったが、そういうわけで、ここで、オンタリオという人口最大の州がリベラルを押す、そして西部が保守を押す、というだけでもまず、地域対立その1。伝統対立の上にアメリカファクターがかぶってさらに深まった。


そして、そうこうしているうちに、今回のスキャンダルの舞台となったケベックがまたぞろ分離主義を強めて行くかもしれない。連邦主義的である人を確保しようとするからリベラルはケベックで無理を重ねるとも言えなくはない状況は、逆には、ケベックからすると、分離独立を台無しにするために連邦のやつらが来てると見えるとも言えるので、スキャンダルが噴出して以来、分離独立を望む人の比率は1995年のリファレンダム以来一旦下がった傾向をぶっちぎって上昇している(とはいえ、各種論評によれば、主権確保はしたい、だが、今すぐにってことでもないという感じらしいが)。1995年のリファレンダムで分離独立派は僅差とはいえ負けたわけだし、基礎条件としては独立しなければならない理由というのも、心情的なものをのぞいて現状あるのか?と、少なくともオンタリオ州民の目ではそう見えるのだが、現状は独立支持になっているようだ。(そしてこういうことが続くと、オンタリオなどから見ると、したきゃすればいいんじゃないのか、と、いわば冷たい態度が激化するので、それは理不尽な対立の要因ともなり得る。)


さらに、The Economistが興味深い点をついているこれも興味深い。

Unless Mr Harper excels, the election's most likely outcome is another Liberal-NDP government.


ハーパーが勝たなかった場合にもっともありそうなのは、また、リベラルとNDPの政権だ、と。しかし、それでいいのかカナダ、というのが、おそらくThe Economistがここでカナダを取り上げている真意なのかなど思えなくもない。

Economic growth is no longer outstripping that of the United States, as it did between 1999 and 2002. The gap in productivity and incomes is widening. To close it, Canada needs more investment and enterprise. Mr Martin knows that. Temporarily free from the veto of the old-school socialists of the NDP, last month the government announced tax cuts and new training schemes.


カナダの経済成長は、1999年から2002年に達成したようにはアメリカのそれを上回ってはいなくてそのギャップ、生産性、収入の差は開いている。これを近付けるためにはカナダはもっと投資して積極的にならないとならない。マーチン首相はそれを知っている。旧式の社会主義者であるNDPから離れた最後の1か月に、マーチン政権は減税と種々の新しい計画を出した、と。


実際、今話題になっているのは、リベラルは、所得税減税、保守はGST(いわゆる付加価値税とでも、消費税とでも)の減税。どちらも減税を打ち出している。GSTなんかよりよっぽど身のある減税ですよ、とリベラルが誇っている。


この中で、私自身は、前にも書いたように、ヘルスケアシステムに関しては、冷静に考えて、もっと別の仕組みを発想する時ではないのかと考えているのだが、多くの人々は依然として、私の考えで旧来の、彼らにとって「正しい」ヘルスケアシステムを頭の中に抱いているのだから、その彼らのロジックからすればNDPが言っていることが今日ではそれを最もよく表している。
 減税を真っ先にかかげた地点で、オンタリオ州のリベラルびいきの中で混乱が起きているだろうと想像して悪い理由はないだろう。その混乱は、ええいもうNDPだ、かもしれないし、結局リベラルも保守もないんだな、かもしれないが、いずれにしてもリベラルという塊、あるいはリベラルという幻想を崩す効果となっているのではないかと私は思う。


というわけで、これを回避するためには、保守だったら大変なことになる、だからリベラルへ、といった戦略が今後強まるのではなかろうかと私は思う。


数日前、ニュースを解説している人、確かGlobal & Mailのコラムニストだったと思うけど、彼は、マーチンは「スケアリーモンスター」を使うがこれを今後出せるのかが難しそうだと言っていた。保守だったらヘルスケアシステムが大変なことになる、保守だったらイラクに行ってたかもしれない、保守だったらゲイの結婚も認められない、保守だったら教育予算が、保守だったら云々という、脅かし作戦とでも言ったものか。しかし、上にも書いたように現実的にはリベラルでもヘルスケアシステムはめためただったし、リベラルでも減税は起こると国内問題は争点にはならない。したがって残るは、反米とゲイ。しかしリベラルの議員内でもゲイ結婚に関しては割れに割れたからこれも弱いし、もう終わった話でもある。となると、無難なのはアメリカがらみか。


これは、私たちはアメリカとは違うんです、というカナダのアイデンティティ問題にもかかわるし、適度にはこれまで、ならして見れば良好だった。しかし、この頃は、そういうのではなく、ブッシュと見たら罵倒するといった、つまり、単純な「反米」を媒介とした、全然本質的でない、一過性の勝つか負けるか問題に収斂されがちなのが危惧されるところ、と私は思う。それはつまり、戦略として使ってるからでもあるんだろう(一般人は使われているわけだが)。


The Economistもその点を指摘している。やっぱ、目立つんだと思うんだな、あの反米トーンはとあらためて思った。だって、英語圏でやってるから、筒抜けだもの(日本っていい(笑))。

Besides, the point of comparing their performance with America is not that Canadians are in a win-or-lose race with a neighbour that happens to have one of the most dynamic economies in the world. The point is to test whether they are making the most of their own endowments.

http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=5243242





で、それでも、対米ドルで余力があった(輸出にとって、またはアメリカ企業のカナダ進出について)とか、高い社会福祉サービスによって安定した、教育程度の高いワーカーを供給できます、といったカナダ政府がしばしば自国の宣伝使う惹句がまさにそうだと言えていればまだいい。


が、この頃心配されているのは、カナダの生産性が落ちているという点。オタワのシンクタンクがこの秋発表して、一部で問題にされてはいるようだが、この政治の季節の中では特に何かが変わる予兆のようなものは見受けられていない。


The Economistは、今号のこのカナダのスペシャルリポートの最後の記事に、
「The perils of cool」とのタイトルをつけていた。これは2003年の秋に、「Canada Cool」という見出しをつけたことの応答ということだろう。カッコいいじゃん、と思われたカナダが、それを貫くことが難しくなってきている、と。で、そのサブタイトルには、
Canada has everything, except perhaps ambition

とあった。カナダにはおそらくambition以外はなんでもある。
名誉心、野心、向上心、大望、なんでもいいがそういう英語圏の人々、殊にイギリスものの中でしばしば見受けられる、upward mobility、向上心、上昇志向、みたいなものがなくなってますよ、と見えるのかなと私は思う。


だとしたら、それはつまり、「アンチ」がもたらしているのじゃないのか。アンチからは、否定していくこと、批判していくこと、相対的な優位を勝ち取ろうとすることしか生まれない。それは、本当のアイデンティティになど繋がるわけはない。そして、上でも見たように、本当に必要な議論にアプローチできなくなる。



がんばれ、カナダ! いいものがいっぱいあるのに、どうしてこんな困難に陥っているんざましょ、と私としても残念でならない。とかいってる間に、オンタリオの教育テレビは、マイケル・ムーアの昔の映画の放映予告なんかしてるし(泣)。