理論の位置

私は多分三か月に一回ぐらい宮台真司さんちのサイトを、教えを乞う的に結構熱心に読む。普通に暮らしてるとこういう「まとめ」みたいなのに接することはあまりないから頭の整理をしにガッコに行きましたみたいな感じでとても便利。ありがとう、先生、と語りかけたいものがある。


で、思うのだが、このなんというか、政治的な先進国では政治理論とは、おおざっぱに言えば現実を理論化することだが、政治的に後進の位置にある国ではそれは最初から理論として現れ、それを読む人びとはその通りにならないとならないと思いなすようになる。それが世の中を変えようという動機付けになる、一方発信国にあってはそれはただ現実をうまく捉えているかいないかに焦点があるだけなのでこういう動機は生まない、という下りを思い出す。


これはラッセルがどこかで書いていた。どこだろう。テーマから考えて、「西洋哲学史」だ *1)。で、記憶に間違いがなければ、これはフランスとイギリスの対比として、イングランド人であるラッセルが、うふふと高い鼻をさらに高くしつつ言ったものだった、と思う。


とかいって、別にもしそう読まれるとしても宮台さんのせいではなくて、ま、学校の先生の1つの役割はそういうものだし、社会学はさらにその度合いが強い、というかそのためにこそ、つまり、先進国でモデル化したものを世界中に流布して周知徹底するためにこそあるようなもんだ、と言っても別に間違いじゃないと思うから仕方ないんだろう。「アメリカではすでにこのようになってます」とか「フランスではすでにこういう討議が行なわれています」という言辞のうちに、理論や討議の方向付けが無謬として扱われている。よほどこなれた読者や学生を相手にしていない限り。

この件に関して、ポリサイ、すなわち政治学の方がなんぼかなんでもあり、あるいはイデオロギーフリーだとさえ言えると思う。というか極端にイデオロギー的であることを発言することは、そのカウンターを誘発するから実効価としてはフリーだというのが面白い。そもそも、アメリカではこのようになってます、とか言われても、国レベルでそのまんま同じ政策を取れっつわれてもできないし。


いろいろ考えたいこともあるが今日は特にまとめない。
そうだ、別宮氏のサイト及び本を読んでどう思うか、が宿題になっているのだった。忘れてはいないんです。メモメモ。


1) 前にも書いたような気がするけど、私は絶海の孤島で数年間暮らす、ネットもないとなったらこれも1/20冊かなと思う。ラッセルはこう考えてるよ、というのがただわかるだけで、こう覚えろ、みたいに脅迫されていないし、脅迫するほど上手いargumentが組めてなくないですか先生というところもあったりするし、扱ってる幅も拾いし、穴もあるし、現在とはいささか違うよなぁという点も一杯あるのだが、それにしても面白い。戦中に書かれた本だから、日本なんか殆どボロクソなんだが、それでも面白い。ちなみに、これこそ前にも書いたな、北米の本屋(ちょっとマシなね)で結構見かけるし、何年か前とペーパーバックのカバーが変わってるところを見るとずっと版を重ねているんだろうなと思う。


さらにちなみに、この本の後日談が2つあって(私が勝手に思ってるだけだが)、丸山真男が読んでその感想というかノートを書いている。これはみすず書房から出てる分厚い本の中にあった。で、そこで丸山はラッセルが18世紀、19世紀の社会思想家たちについてラフに引いた系譜を巡って、なんか納得できないみたいな少なくともかなり逡巡している(大きな反論までいけない様子だった。元よりノートだが)。その逡巡具合がとても興味深い。

もう1つは、この戦時中に書かれていた本は訳者の方の熱意の賜物だと思うが60年頃にはすでに出版されていて、訳書は3冊組だかになってるんだけど、評判は良かったけど、文壇だか論壇だかというところから「漫画のような面白さだ」とかなんとかと評されたらしいのだな、これが。もちろん遥か後ろに生きる私にはなぜそうなのかの見当はあっさりつく。ラッセルのマルクスヘーゲル、カントの評価がボロクソだから。殆どわかりたくもないという程。で、どちらが正しい間違いだというのではなくて、ここにある差異、認識の差異でもいいし、思想的な系譜といってもいいし、もしかしたらイギリス人のドイツへの、ではなくて、部分的には単純に翻訳される量や傾向が作り出してきた日本独自の見解と西欧人の見解の差だったかもしれないが、とにかくこのへんの差異は、60年たった今でも活きているのではないかと私は思った。思ったっきりそれ以上考えてないけど。あはは。まぁ思想における60年なんて短いものだから。