ひとびとは外に出るものなのか

Canada joins world governments in condemning Ukraine election results
Last Updated Wed, 24 Nov 2004 20:54:08 EST
http://www.cbc.ca/story/world/national/2004/11/24/Ukrainereax_041124.html


もしウクライナの人びとの民主的な意志に沿った結果に従えないという事態なんだったらカナダはウクライナとの関係を検討するわよ、とカナダの副首相が言っている。アン・マクルーラン今日も元気。


で、どうしてどうなったのかについて私は納得の行く説を探し当てられていないのでおいておくとして、しかしこう、ヨーロッパ人って西から東までロシアまで外に出る人たちだなぁとしみじみ思う。雪降って寒そうなのに熱気すごい。市街戦になったらどうしようとマジで心配されている様子。

私たちは反対なのよ、よくって? わかってる? こんなのってイヤなのよと訴えるというか、プレゼンスを示すことによって、ま、より正しくいえば威圧して、こっちに権威をよこせよと言いはる、実力行動辞さず、通るまで全面ストでその上その場を去らず広場を占拠している。


こういうのって一体どういうモチベーションがあるとそうなるのかなぁではある。いや別にちゃかしてるんじゃなくて、しみじみ思うのだが、こういう具合で革命とか体制チェンジっをするのってこれらの人びとにとってはここ150年間ぐらいに限れば別にたいしたことじゃない、いや大したことなんだが珍しいことではないということなのだろう。行け!みたいなことが人の人生に一回ぐらいはあるもんだと男も女も子どもの時からそれがデフォになって育つ、と。一回王様連合が崩壊した後は人びとは人びとの政府を変えるものだというただそういうことなんだろうな。もちろんこれを、宗教改革を経ていないキリスト教グループにとっての歴史的必然と考えてみてもいいし、その宗教的な自己規定の仕方がこれらの行動を呼び込むのも間違いないとも思う。たいていの日本人の立ち方(比喩ね)とはちがいますよ、ほんとに。*1)


で、60年代とか70年代の左翼の人びとにとってはこういうのこそが「あらまほしきこと」だったんだろうなぁ。人は皆こういう行動ができるのだ、するべきだと。それができないのは、啓発されていない、未開の人間だからとかも思っただろうし、呪いもしただろう。わからないでもないですよ。

しかし、とにかくなんでだか起こらなかったんだし、とにかくなんだか反りが合わないんだから仕方ないんじゃないの、と私はとてもあっさり言う。誰かにとってどれだけそれが望ましいことであっても、それが別の誰かにとって話にならないほど望ましくないのだったら、そうしてそれが社会マターなのだったら、しょーがない。ただそれだけ。望ましいとは、どれだけ言ってもそれは発話者を含むある主体の好悪であり、嗜好であるところのものだ。*2)


しかしながら、私たちの社会も別に変わらなかったわけではなく、1000年間ぐらいのことを考えてみればかなり変化した社会だと言える。ってか相当だ。わりといちいちインパクトの大きい変化をしていると言えるのじゃないかと思う。が、どうやって変わるのかのモデル詮索はあまりされていないし、実際一時期を除いて大きな動乱というのもあるようなないようなだ。なぜか。

答えはわからないけど、考察のための1つの冗談ながらの説として、戦国時代にひとわたり闘争をやり終えてもう飽きてるって考えてみるのもいいように思う。今でもテレビの歴史モノの人気のある定番といえば秀吉だの家康だの信長だったりするのは、別にそこが取り分け好きだからというより、プレーヤーが乱立して、世の中が動きまくりで収集つかないんですよ、というのがそこにしかないからだと思う。

で、ひとわたりモデルを確保しているので、それを使って後の政治状況はシミュレーション込みで判断すればいっかなと人のmindsetがそうなってると。誰も子どもにマジで「天下を取れ」とは教えないと。

で、このシミュレーションはいろんなところに活かされていて、その中で「天下取り」は明らかな比喩になってしまっている。真顔で取れば狂人とされる(成功した革命家は偉人だが、失敗した革命家は狂人だ)。でその比喩は、例えば、それは天王山で、禅譲で、関ヶ原ですね、おおつまり部長1は秀吉ですかな、ええ、部長2は生まれがいいですからね、どうしても秀吉にはなれないんですよね、一方才はあるけど天下の取れないやつもいるわけですetc.などと穏やかな日常に活かされきってしまっている。ここに「天下取り」の入る隙はない。そうそう、日本というのは厳密な意味での、つまり血族依存の身分制意識を堅くもないってと思うんだが(擬制の血縁で全然OK)、それは下克上があったおかげで(必要なところに必要な婿を登用しちゃう)、それを結構肯定しているからだろうと思うんだが、それさえも組み込まれている(逆の言い方をすれば若干の身分差というのは発生するものだとも思ってるだろう)。


これがどこまで続くのかはともあれ不確定だが、かなり続くと思う。退屈? 
もちろん明治維新もこれに準じたものと言っていいんだろうが、内戦してないから、大きく見れば戦国以降の秩序のうちなんじゃなかろうか。まさに維新ですという頃、江戸に芝居小屋かかってたっていうしなぁ。これを人民の意識が低いからだとも言いたければ言ってもいいが、なるようになるに決まってるという秩序観の方が勝っていたと言ってもいいと思う。


1つの民族というか、歴史を共有できる集合体にとってこういう内戦依存の変化って1回あればいいんじゃないのかと私は思う。何回もやると、法と秩序への信頼が後の世代にとってデフォルトになるのに間がなさすぎて、全体としてその人びとは落ち付かないってことになるんじゃなかろうかな。で、落ち付いてしまっている、と。やっぱり退屈?


1) トロントに住んでてウクライナ系とかポーランド系の知り合いのいない人なんていないんじゃないのかという程いっぱいいる。元のオンタリオ州知事もそうだった。


2) さらっと書いてはみたものの、実にまったくこれはとても大変なことだと思う。つまり、日本人または今日日本列島と呼ばれる領域に歴史的に住まいしている人びとの頭の中にある正統性、legitimacy構成要件ではないものを獲得しようとしていたということだ。どうするつもりだったのだろう?