どうしたんだ韓国!

日本が個別補償の用意 韓国反対で見送りとKBS
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2004081201003004

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「韓国放送公社(KBS)は12日、植民地支配の被害者への個別補償を一貫して拒否している日本政府が、1965年の日韓国交正常化に至る交渉過程で、個別補償をする用意を表明していたことが分かったと発表した。」東大の東洋文化研究所に保存されている日韓会談の会議録によって確認したという話。

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ど、どうしたんだ、韓国? というのもいささか皮肉がきついかもしれないわけだが、とにかく何があっても日本は謝らない、これだけならまだしも(まぁ程度問題だが)、補償というのがともあれ存在していることすらそんなこと聞いたこともないってな態度で、その先話そうにも話せないってな展開が普通であったことを考えれば、彼らにもびっくりだろうが、私にもびっくりだ。


[補足:「びっくり」の意味は、私はこれらの推移及び記録があるとは見聞きしていた(私自身が原物を見たわけでも生きてニュースの推移を知っていたわけでもないにせよ)、一方韓国にとって、あるいは私が現実に知っているコリアンにとってもそんな話はないものとされてきた。ところがそれがいきなりKBSに出るのか、今、ということに驚いている、何が変わったのだ韓国?という意味です。私がはじめて聞いたという意味ではないですがそのようにも読めるとのご指摘をトラックバックで読ませてもらったのでくどいですが一応念のため]


でもって、ハッキリ言えばちょっと歴史的に他者が納得するのは難しいのですがといった説を展開する韓国人がいる一方で、アメリカ人で昔朝鮮戦争に行ったおじーちゃんなんかが、コリア戦争の話をかなり淡々と語るのを聞くという体験もあった(当時の私は語り合ったとは書けない。一生懸命耳をダンボにして聞いたというのが正しい)。この、宿屋で合った単なる通りがかりのじいさんは機械に強い系統の人だったらしく、戦闘そのものというよりも、コリアにあった日本及び日本軍の施設とその後の使用から考える日本及び日本軍統治の優れた点を真剣に語っていた(日本はどうあれインフラ置いていっているし)。


今の私なら多分、ふんふんと聞いただろう。しかし、私は多分そういう顔をしてはいなかったのだし、ぼろぼろの言葉で差し挟むコメントは、そうはいっても戦争は良くない、日本は良くないに、知らず知らず終始していたのだろうと思う。そうしてそんな中であるのにもかかわらず誉められている日本というのを私は冷静には受け止められなかったのだろうと思う。


じいさんはさすがに察したのか、そりゃ戦争は誰だって好きだとは言わないだろうしいいものじゃない、だけどあんた、日本が何もかも悪いなんて思うのも正しいrightではないとボクは思うよ、と言った。私はなんと答えたのだったろう? 覚えてもいられないほどのドギマギではなかったかと思うがいくらかの反論を試みた覚えはある。しかしそれは反論なる代物ではなかっただろう。今でも明らかにそうだが、アメリカ人に東アジアについて言及されると、一も二もなくかかってゆくという根深い傾向が私にはある。だからこの時もそれもまた私の気持を頑固にさせる大きな要因ではあっただろう。結果として私の顔には多分「朝鮮問題思考停止」と書かれてあっただろうと思う。

このじいさんに会うまでの間にそうも硬直していたきっかけは、もちろん日本にいた時にいろいろと読んだり聞いたりしたことではあっただろうが、思考を停止させたのは、直接的には、北米にいるコリアンという人びとに、日本はあやまらな〜い!! をむけられたその結果として、あらゆる問題を善か悪かという向きで受け取っていたのだろと、今なら思う(ついでに言うなら、こういう場合に台湾とか香港出身の人が適度に場を取りなしてくれるというしばしば言われていることを私も実体験した)。善か悪かといわれりゃ悪以外にない。しかしその悪をなぜなしたのか、そしてそれがどんなものをもたらしているのか、前後や左右からものを考え表現することが私にはできなったのだろうと、これも今ならそう思う。


そして大事なことは、その悪が私と表裏を合わせて、つまりあたかも私自身であるかのような感じさえしていたのだ、とこれも今そう思う。しかしだ。私はそれを成してはいないのだ。もちろん日本国という存続体に所属するものとしての責任の範囲は応分に引き受けよう。しかし出来得ることはそこまでだ。私がしたのではないことに対して私自身が謝ることを私は引き受けられない。それはむしろ無責任ではないかとの考えから。もし、善悪と責任無責任という基軸が人の人生に重なりつつも逃れられず出没するのなら、私は責任無責任軸にフォーカスをあてる。


そしてそれにもかかわらず私が、なんであれ死体を効果的に産出するような方法は取るべきではない、戦闘をやめよ、まずはそれからだ、私たちはそれほど馬鹿ではない、または、他人の領土だと認められているところに政権を立てようなどという行為は誰であれやめるべきだ、その一方でここが「私たち」の領土だと考えるその私たちはそこをつつがなく治めるべく努力しなければならない、そうでなければ「事実上」「合法的に」「人びとに迎えられた」政権という名の軍事屋が襲ってくるだろう、などなどといろいろ考えもし判断もするのは、私が日本という国の過去に縁があるからではなく、現在只今の私が考え判断していることだ。そして、日本とはその先にある。先にはない。いささか形而上学的だが。


なんて余計なことを言うじいさんだろうと当時は思ったものだが、今となってはあのフィラデルフィアのじいさんのおかげで私はこの問題を何度も何度も考えさせられた。そうして私にはまだまだ考えなければならない、のではなく考えたいことも、知らなければならないこと、ではなく知りたいこともたくさんあることを私は確認する。もう思考を止めることなどない。ありがとう、じいさん。