すっかり弱気になる/日米とは最悪の組み合わせだ

米国人の“善意”拒む 人質航空運賃で在米大使館 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040503-00000142-kyodo-int

アメリカ人のおっさんが出すといっていた2000ドルの小切手を、大使館が第三者から経費を受けとることはできないから返しますといって返したそうだ。おっさんはがっかりしているとのこと。

なんかこう、もういいんですけどね。

で、私のようなただのおばちゃんが何を言おうと、まぁなんですね、日本にとってもアメリカとかカナダにとっても別にどういう点からも国益になるような人じゃないから放っておいてもらっていいんですが、今日、日本人で、いわゆるビジネスのフィールドで活躍している人が、これらの人質事件をについて発言しているのを見て、ちょっとショックだった。

まったく政治的でないからストレートに、ああ、と堪えたのだ。

申請できるようになったらできるだけ早めに米国籍を取る、そう思ったというのだ。で、その理由もしっかり書いてあって、1)自分の方針としても曲げられないと思ったら曲げないで今まで来た、それが通らないのなら仕方がないから出る、それが原則だが、それ以上に、2)そういう自分のおかげで、自分が何かをしたら両親やら親族がこんな騒ぎに巻き込まれる、それは困る。そして、3)日本というのが効率のいい(だったか詳しい言葉を忘れたが)社会を作ることができたことの一つの理由にはこういうやり方も入ってるだろう、こういうのが好きな人もいる、だけど私は好きじゃない。だから出ます、っていう主旨だった。

なるほどなぁと感心すると同時に、こうやって出てしまっている人はこれまでにもいないわけじゃなかっただろうが、これまでと違うとしたら、これまでの人は日本社会からすると「日本じゃやっていけない」と勝手に括られて、で、ネガティブな判子を押されていた。それは日本が意気揚々で、オレんちの方に自信を持っている人が多かったからだ。

だけどここからはどの先進国にも「高揚」はありません。おばさんは辛い気持になった。

特に2)だよなぁ。

結局上の人のような場合、兄妹親族友人のためを思ったら、「自己責任」で国籍を捨てるという意味なわけだ。発言する、行動するために。

鎖国できないとはマッカーシズムさえできないということだ。

[追記:この話は人づてに聞いてネット内で読んだのだが、あえて誰とは書かない。なぜなら、そうしたことでこの人に面倒をかけそうなんだもの。この件に関しては発言を引用するのも慎重にしようと思う。紙面に出したといった場合には読んでほしいという意図だと判断しこの限りではありませんが、それも考えるかもなぁ・・・。すっかり弱気。そう、私はいいんだ、文責というものを自分なりに理解しているつもりだから(この人もそう考えているから書くのだろう)、が、それによって他人(親も含む)にあらぬ迷惑がかかるのがイヤなのだ。]