俺の辞書にナチはないってことはないんだけどさ
自民・麻生幹事長の「ナチス」発言、民主党が強く反発
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080804-OYT1T00629.htm
ある種恒例の行事のような気もするけど、こういう「趣味」って民主党のものなのか、それとも、朝日他のメディアが「欲しい」と思うものへの民主党からの贈り物なのか、どっちなんだろう。
なんにしても、
例えとしても許される話ではない。撤回を求める」と不快感をあらわにした。
例えでも許されない、という理由は何なんだろう?
ナチと発語するたびに何かが起こるというのなら予防的にこの語を「廃語」にすることも検討されて良いだろうが、そうでなもないなら、まぁ言いたいヤツには言わせておくしかないんでないの?
ついでにいえば、多分、この方を含めて非常に多くの民主党の方は、自分から、例えば、米軍のやっていることはナチのようだ、とかいう場合はOKだよね、きっと(笑)。だから辞書からなくしたいわけじゃないらしい。
そういえば、先日亡くなったソルジェニーツィンが、コソボをNATO軍が空爆した時、NATOとヒットラーはどこも違ってない!と言って怒っていた。(なんか記憶ではこの後にも何か悶着があったような気がするけどそこまではトラックできなかった。とりあえずwiki英語版)
この場合のヒットラーというのは、ナチと同義と見た場合、お前ら(NATO)、やってることはナチ並みだと言うことになったわけで、今現在爆撃が行われている、すなわち戦時中の発言なのだから、かなり言うよなぁ、的ではある。
戦争が起こっている場合、それがどんな軍であっても、軍を出している共同体は、そこが民主的であればあるだけ、人が良心的であろうとすればするほど愛軍的、愛国的にならざるを得ない(なぜなら自分の名において兵を危険に陥れているのだから)、と私は考えているので、これはこれで、相当程度聞き入れられない人はいただろうと思う。
そういうかなり際どい時にでも言を曲げないこの人が好き、という私の趣向は置いておいて、今の日本で、ナチと揶揄されるぐらいで何がそんなに大変なのかまったくわからん。
一言、度量が小さい。頭が悪い。頭が悪い上に考える姿勢も足らない(許されないとかいう語を簡単に使っている)。考えも足らない上に、みんなのために仕事をしているのだというみんな=パブリック=国への愛もない(こんな馬鹿なことで紙面を割く)、さらにさらに、言葉を刈っていくことへの危機感もない(たとえでも許されないって・・・)。総じていえば、やっぱりミンス。
*例えば、今日本が派兵していて、その行為がナチなみだ、と言われたら、兵を出している大本である日本国政府は、その人に対して、言っていいことと悪いことがある、我々の兵を侮辱している、等々言うことはあるだろうし、そうあるべきだろう。でもその場合でも、言い出す人を止められないし、止めるべく処罰したり、収容所に入れたりしたりはしない、ってのが民主政体の難しさだが、でも基本は基本だろう。
**誰かを庇うとか、誰かの名誉がかかっているとかじゃなくて、自分たちが言われて怒ってるってのも、何かものがなしく恥ずかしい。
しかしその一方で、太郎様にもセンスがない。このへんはなぁ。太郎様、とても好きなんだけど、すれすれジョークとか苦手っぽいよね。根がとても真面目で深刻な方とお見受けする。保守であって、思考的にリパブリカンへの接近度が小さい(今の世の中必ずしも現実的にそうだである必要まではないにせよ)から、ラディカルなところはない、従って、懇親のジョークは身体からは出ないのかしらね。
どうせだったら、そうやって言葉を刈って、結果的に自由な討議、審議を阻害していくことをあなたは好ましいとお考えなのか。それは多分、結果において、ナチ的なものへの傾斜と私には見えるわけだが、とか言い換えて畳み込めるといいと思うわけだが、どうだろう。これはでもフフンのキャラか。
では、俺の口にくつわをはめようなんざ100年早いと言ってみるとか。
いずれにしても、ああ、もう、やめようこういうの、と思う。なんでも好きなこと言えばいいし、言われた側はそれに対して、俺はナチとは違うというのならその点について反論するか、それが面倒なら(自分にできそうもないのなら)聞き流す。考えもなく「許されない」で済まそうとしないでね。宗教団体の会合じゃあるまいし。
ロシア人って、良くも悪くもキャラの立ってる人が多くていいなぁ。