なぜ世界ツアーをしないの、清志郎

「今年で5回目を迎えたチャリティーライブ「ジョン・レノン スーパー・ライブ」」に出演したキヨシローの発言。私は結構長いことファンでしたし、今でも好きですけどね。きよしろーーーと日比谷野外で叫びつつ踊りつつ見てたりしたっすよ。

初登場の忌野は「日本国憲法9条は“戦争を放棄して平和のために尽くす”と言っている。ジョンみたいじゃないか。憲法9条を自慢しよう」と“演説”。レノンさんの代表曲「イマジン」を日本語バージョンで歌い上げ、8000人のファンから大歓声を浴びた。


ジョン&ヨーコはともあれおいておいて、日本が戦争を放棄すると平和になる、というロジカルには解することのできない発言を、キヨシローが好きな私は好意的に解釈をしようと思う。日本が率先して、言い出しっぺとなって、結果的に、世界中がこの意見に賛同しないと、平和(それが戦争のない状態として)は来ない。

従って、今キヨシローに望まれているのは、世界ツアーです。どこにいっても、どこでも、言ってください。そうでなければ、世界平和という目的に対してほぼまったく無意味です。


ただ、言い出しっぺから、最後までのタイムラグがどのぐらいかかるのかというのが現実にとってはまったくの大問題なのだが、なんせ隣には、平和だと思えば平和が来る式の本家、ヨーコオノ氏がいるので、時間問題はとりあえず捨象。現実とは時間なのだが。


別の考察としては、この間会った日本人のひとりが、なにかの話題の折に言っていたことと真そっくりな構図で、ほぉと思う。テーマは違うのだが、

「日本の人って、みんなとはいいませんけど、とっても多いと思うんだけど、差別と聞くと自分がする方になるとしか思ってないですよね。これはこれでいい時もあるでしょうが、それって逆の立場を全く理解してないわけで、実際には、なんだか自分で好きなことを言っているだけって気もするんですよね・・・云々」と言っていた。


カナダで差別があるぞぉとかいうのを言いたいのではなくて、どちらにしても不合理な感情をぶつけあうことというのはあるんだが、この時、一方的に自分の側の非を前提にする人というのは、私は基本的にはそれほど付き合いやすい人だとは思ってないかも。

自分の方が悪いと思うというのは正義感の現れみたいな時もあるけど、話が面倒だから自分だけ謝って終わりにしたい、ってこともあるから、あまり誠実でないなと見えることも結構ある態度だと私は思う。上手でもないのに上手なつもりの逃げを打っていることになるから、相手を返って怒らせることだってある。で相手が怒ると、こっちは謝ってるんだから、なんで怒られないとならないんだ、となる。しかし、理由を共有する前に謝ったりするからそうなるんだよ、なのだが、謝ったんだから云々と本人は感じてしまう。ここでも時間が問題だな。