飛び道具の始末

アメリカの西海岸にすむ少なからぬ日本人の中では、物品を輸送する用事のある仕事についている人がいる。まぁ、貿易ってやつですね。東海岸だってあるけど大きなものになったらやっぱり船だから、東海岸ってことはなくて、アメリカ大陸の真ん中をつっきって南の方に持っていってパナマ経由で出るなんてのもあるけど(穀物なんかはそうらしい)、あとはだいたい西に持っていって西から出すことになっているらしい。当然っちゃ当然だな。

で、そういう仕事をしている友人とこの間話した時、「で、それって何日ぐらいかかるの?」と日本までの日数を聞いた。彼女は、「だいたい2週間強かな」といった。私は思わず、「それはやっぱり威臨丸の時代より早くなってるわけよね!!」と言った。なんなのカンリンマルってねぇ、あんたとあきれられたのだが、だけど、そうには違いない。威臨丸の時代には1か月未満なんてことはなかったはずだもの。今サイトを検索したところによれば、福沢諭吉が最初にサンフランシスコに行った時の日数は37日だそうだ。

ということは、半分以下になってるってことだ。しかし逆にも言えるわけで、150年で半分なのか、って考えて考えられないこともない。だって、一方では、9時間で行けるわけだもの。飛行機。


「危険なロシア」、観光産業に大打撃=2万人が予約キャンセル
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040907-00000704-jij-int


キャンセルだらけなのだそうだ。そらそうだろう。なんかいつ何時落とされるかわかったもんじゃないことが続いているのだもの。これは911直後もそうで、アメリカへの便は軒並み凄い減少になっていて、そうしてそこでまったく驚くというか、当然というかは人によるだろうが、なんせ、「安い」ニューヨークチケットが出回っていた。つまり、危険だけど安いんだから行こうよ、というわけで、ニューヨーク直行便の格安チケットがかなりしばらく出回っていた。しかしそれでも、ず〜っと目にしていた(格安チケットのサイトで)ところを見ると飛びつく人は多くもなくかつ現状復帰までに相当時間がかかったということかなと今さら思い出す。第一、ニューヨークに着いてからも、観光という意味では不愉快なことが待ち受けている可能性は高いわけだから(セキュリティーコントロールで不愉快な目にあうとか、マンハッタンに入るまでの警備がどうしたこうしたという日もあった)、そんなに浮かれて行こうという人がいるわけもない。仕事で乗る人たちは、会社の命令で日本の便を使うことになっていたという人が大勢いた。でもって、ナショナルフラッグを避けよというのもあった。あれはいつ解除されたのだろうか?


威臨丸の時代からここまで、とてもとても便利になり、乗る人数が増えりゃ値段も下がり、航空券は一昔前から考えたら信じられないような値段になった。私の父などいまだに、太平洋を超えてアメリカ大陸を飛び超すのに10万円もかからないということがどうしても納得できないらしくて、時々、だ、大丈夫なのか?という顔をする。そんな飛行機があれば、風船爆弾を飛ばさずともいろんなことできたものなぁでもあるし、飛行機さえなければ空襲もなかったのだよなぁでもあるわけで、そういう時代に生まれて、気がついた時にはこんなことになっていた、という彼にしてみれば、飛行機がアメリカとの間を行き来するというその事態はおそらく喜びやら楽しみやらだけでは語れないものがあるのではないかと私は時々考える。


と、それなのにそれなのに、どうして飛行機が恐い時代をつくり出しているのだろう?