ベトナム戦争後の徴兵拒否、逃亡者への恩赦概略

以下が、昨日書いたStars & Strip紙によるベトナム戦争その後の恩赦についての記事。


U.S. has history of granting clemency, pardons
http://www.stripesonline.com/article.asp?section=104&article=10743&archive=true


この記事は、ェンキンスさんに恩赦は起こりそうにはないという、
DOD: Amnesty not likely for GI in North Korea」の補足説明として書かれている。


内容は、ベトナム戦争後の恩赦がどのように行われたかの短観。


1974年にフォード大統領が徴兵拒否者、脱走兵、戦線離脱者に対しての救済プログラムを作った。このプログラムでは恩赦を受ける代わりに合衆国への忠誠を誓わせる署名にサインする、24か月の兵役を代わりにこなすことが条件になっていた。またこのプランでは、すべての退役軍人としてのベネフィットを失う。


しかしこれはあまり機能せず広く失敗とみなされている。申請資格のあった35万人のうちの2万7千人が応募。21800人が恩赦(clemency)を受け、これらの人々は殆ど米国内に住んでいる人だった。


続いて1977年1月20日、カーター大統領が就任してまず最初にやったことと言われている恩赦(amnesty)。移民帰化局によれば、1977年1月21日から1978年6月1日までに381人が合衆国に戻り(この時点で統計を取るのを止めたらしい;川上)、良心的徴兵拒否者などが無罪になり、全体で9000名ぐらいが恩恵を受けたと考えられ、収監されていた人は解放された。


また、国防省は、逃亡したために名誉除隊に満たないと見なされてきた19, 000人近い軍人を除隊に切り替えた。(名誉除隊と単なる除隊の実質的な差異は私にはわからないが恐らく実質的におとがめなしということだろうか;川上)。


しかしながら、これでも終わりにはならないのは、徴兵と軍務への拒否者が全体で何人なのかよくわかっていないから。


もっともいい線だろうとと言われているのは10万人で、少なくとも90%がカナダに逃げたと考えられ、何人が海外に今でもいるのかはわかっていない(Amnesty International関係者)。

ニューヨーク・タイムスはカナダに残っている徴兵拒否者は25,000人にものぼり、ここには逃亡している兵士は含まれないと語っている。


今でも毎年少数だが米国に戻ったために逮捕される人がいる。だから、ジェンキンス氏もこうなるかもしれない。


だいたいこんなところ。


ここから何が見えるか・・・。いろいろありすぎて困惑する。ただベトナム戦争とは何だったのだろうかと思いきって枠を広げて考えるべきなのだろうことは間違いないようには見える。