アルカイダの舞台裏は結構忙しい その2

今日は一日、まったくなぜ?というほど熱心に、アルカイダ関係者といわれているKhadr一家について調べた。結果は後でどこかで御覧に入れるとして、いやしかし、日本語でgoogleしたりもしたのだが、まず滅多に出て来ない。アルカイダ、という語が全然breakdownされていないことに驚く。

思うに、みなさんご興味がない? いや、そりゃそうだよね。うん。

しかしこれはどういう風に興味がないか、というのも問題のような気がしないでもない。

アルカイダ」という看板の前で、もう恐いからそのまま、だってテロリストでしょ?的なのか、それとも、

アルカイダ」という看板の前で、あははは、そんなのただのおっちゃんたちのローカル団体じゃん?的なのか、それは随分と違う。

どっちにしたって遠い話ではあるのだ。ただ、日本からのアフガニスタンパキスタンの距離は、アメリカからよりは遥かに近いという意味では、遠い話でもないわけではある。ついでにいえば、大アジア主義というのなら、このへんまでをも一応は標的に入れてもらわないと、困る。とはいえ、まぁ中東はアジアではないと言ってもいい、という感じもなりたつ。ただ、デフォルトでは一緒にされているから、入れないというのなら入れないと言わないとならない。その場合には大アジア主義(インドまで;一回太平洋戦争時代に行ったから成り行きで&戦後にインド人の判事さんに助けられたからその成り行きで)とするとか、やっぱり顔がにてないと本気になれないので、として、大アジア主義(インド手前まで)とする、とか、そういう括りをしないとならない。

どうだろう、この下の場合、インドは怒るかしら?

でも、ふと思ったけど、大アジア主義というのって、昔から必ず反西欧になった瞬間登場するわけだけど、やっぱり実際には全然頭も身体もついていってないってのが正直なところではあるよね。

地域を預かろうとするのなら(支配という意味じゃなくても、マネージングに力を貸そうというのなら)、その地域で起きたことはとりあえずもれなく詳しくなっていないとならないし、苦情があったら、あほらし、と思っても聞かないとならない。お金なんかはむしろ出さないでもいい。しぶちんでも大いに結構。だけど話はオレんちに一応あげてね、オレも口出しの加勢とかするからさ、となっていなければ、「主義」を語れないわけだ。

こう考えてくると、アルカイダさん関係の中身が、普通の人の手の中にはあまりなく、希望的にはエライ学者さんやエライお役人さんの手の中にはるにせよ、一般的に知識が普及していないということは、大アジア主義、構想を言う人としては、ちょっとお寒いわ、ではあるわけだ。

で、にもかかわらず、やけに、イラク戦争ものというのは世の中に出回っている。これはどういうことなんだろうか?