経済社会的リスクもリスクのうちなんですけど

フェデックスの貨物機の事故は本当に痛ましい。操縦士、副操縦士のご家族の方々にお悔やみを申し上げたい。
で、しかしながら、事故は起きるわけです。

貨物機炎上 突風に対する備えは万全か(3月24日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090323-OYT1T01284.htm


とまぁ、万全かといわれて、万全じゃないと答える人もいないだろうが、万全だと思っても起きるのが事故。まして、今回はおそらくダウンバーストあたりが絡んでいるんだろうとは誰しも思う。そりゃ、それだって避けられればそれに越したことはないけど、でも、小さく小さく時間を刻んでいって考えるならば、着陸を決心して以降の土壇場で突風というか、乱気流状態になったら飛行機のコントロールは非常に難しいという点はやっぱり残るのではないのか。どれだけでもミニマルに分析して対策したとしても・・・。

これは別に事故を放置していいという話ではなくて、そもそもこういう乗り物だということでもあると思う。


で、それにもかかわらずこうした事象の発現可能性を織り込みながら、全体としての航空システムがあって、その上に私たちの経済社会は成り立っている、と。

で、そこに、備えは万全か、というアプローチはいいとしても、その備えの中には、当然に空港の代替能力も含まれるでしょう。

つまり、滑走路1本でやってるって、何その綱渡り状態ってのが露になった事件ではなかろうか。
私は夕べっからそう思ってみてる。

で、予想されたように代替地での着陸、発着が行われているようだし、他の交通機関を使っての振替輸送も行われたようだ。今のところ目だった混乱があったとは聞かない。勿論個々の人々が被った時間的、費用的損失は大きいだろうが。

でので、しょーーじき、こんなにシステマチックに動かせるってのはとにかく日本であるからできる技だとも思うし、また、日本でしか求められないともいえるんだろうな、と思う。

で、これを放置するのはいかがなものかと思うだすよ。これは関係者諸氏の努力の賜物でシステムが失われないよう気が払われているけど、滑走路が3本あったら、1つの事故で必要とされるバックアップ体制への負荷は今との比較で圧倒的に小さくなるはずだすよね。


つまり、現在は、社会経済的リスクが、航空会社とその関連会社の人々、およびそれを利用する乗客の肩に乗っている。
これを、滑走路を増やすことで、施設によって減らしたらどんだけ便利で、どんだけみんなのためになるか、と思う私はまったくユニバーサルに普通のことを言っていると確信する。

それでもトラブルの際には捌けなくて遅延、キャンセルが相次ぐものだが、それにしたって、と思うのだ。


長々となったけど、今回の事件を受けて、新聞各紙が書くことは、本来ならば、成田の綱渡りを一日も早く解消すべき、という話ではなかろうか?


と、読売にはその視点はなかったので、では産経はと思ったがこちらもない。

【主張】貨物機炎上 気象の急変に対応怠るな

管制官は、事故機のパイロットにウインドシアの発生を警告していたという。発生をとらえる地上レーダーや航空機搭載の警報装置もある。事故機のパイロットは気象条件の悪化を把握できていたはずだ。それなのになぜ、事故を防げなかったのか。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090324/dst0903240347003-n1.htm

いや、その視線も大事だが、でも、どうやっても、私やあなたが万全の注意をしていても起こりえるのが事故。そのとき、その人を、お前のせいだと責めてみても当座の混乱は防ぎようがない。当座の混乱とは誰かにとっての損失だし、それが積み重なって国家にとっての損失だし、グローバル化された社会にあってはどこで誰が損してるかわからんのも本当だ。これを何とか減らしませんか、減らすべきだよね、という方に目が向かないのはどうしたことか。

成田って、滑走路3本で、長いの2本、短いの1本のプランが未完成なのは誰でも知ってるわけだけど、これ、本当に一刻も早く完成させるべきだす。殆ど国際貢献並みの重要性ではあるまいか? 


ま、よく使う空港がトロントという、なんでやねんというほど施設的にキャパのある空港を見るから余計にそう思うんだとは思う。
滑走路、トロントのピアソン国際空港は、2本つづ平行に2つで4本とあと1本で5本。確か5本目はつい最近だったかと思う(2002年だそうだ)。

最長3,389、最短 2,770だから、5本とも大差なし、って感じだろうか。しかし、おそらくこんなに長いのは不要な飛行機の方が多い空港だと思うが・・・。北米のローカル線の飛行機はほんとーーーに小さいので。ま、キャパに余裕があるというのは間違いないでしょう。


滑走路だけじゃなくてターミナルビルも、え?っと思うほどデカイものを最近作って、さらに拡張中。
アメリカの空港と違って、キレイだし、明るいし、今っぽいです。これはきっぱりそう言う。

アメリカ、特に大都市部、なんとか少しはお化粧できないものか。あの貧乏くさい、古臭い、70年代かここは?的建物に接して、ああ、ここが世界一のアメリカかと思えと言われても困る。アメリカの凋落を印象付ける遠因なんじゃないかとさえ思ってる、私。ディズニーランドのあるところとか、テキサスとか、アトランタとか元気に訳わかめにデカイ空港を作ってるけど、それ以外がしどいところが多い。空港施設内に心躍る小売店舗つーのがないのは北米の伝統なんだろうかね。大きい新しい空港内も決まったファストフード的なものしかなくて、このへんはまぁ、利権なんだろうなとも思う。北米のフードコートも同様。
(結果的に小売がすべからく流通的に大きいもの=大企業ものになってしまう、つまり、人々は与えられたものしか容易には買えない、チョイスなし、こそ北米の商業における最重要課題だが誰も見ようとしない、ってのが長い間の現状かと思ってる。代表例は、飲料水というかドリンク類の数の圧倒的な少なさか。もったいない市場だす、ほんとに。ここ10年で都市部を中心に変わったとは思うが、この間代表都市でない地方都市にいって、ああ、まだ・・・と改めて感じたところ。)


話戻して、トロントは、最終的には3つあったターミナルを1つにして、もだーーーーんなことにするらしいんだが、現状は、たとえていうなら、10個ぐらい寝室のあるデカイ家なのに家族はもっぱら全員8畳の居間で日々を過ごすみたいなことになってる。やたらに空間があり、それしかない。店舗ぐらい入れてもいいと思うんだが、コーヒー屋すら数えるほどしかない。その意味で何もすることがない、車で来てただ飛行機に乗って車で帰る、だけの北米によくある田舎空港に若干の色が付いたぐらいのところ。個人的にはこれもめちゃめちゃもったいないと思ってる。


あらためてwikiを見てみると、


トロント(ピアソン国際空港)の乗降客は2008年に、3230万人。世界で22番目に込んでいる空港らしい。
成田はといえば、2007年の乗降客が3550万人。世界で6番目に込んでいる空港だそうだ。
(成田の数が小さいのはここが国際線専用空港で、羽田は国内線対応だがそれ以上に大きい。従って東京というのならこの2つ合計でなければ意味がない。)


意外なほどにトロントに乗降客がいるのに私は驚く。その上5000万台への対応を目指しているらしい。

そんな風にはついぞ見えない。ま、改めて思うに、数を稼いでいるのはアメリカ−カナダ間のビジネス客であるのは間違ってないと思う。朝出て夕方帰ってくるとか普通にじゃんじゃん行われている。さらには、トロントとオタワ、モントリオールもそう。

あと、長距離のヨーロッパ、太平洋線をカナダの航空会社(メジャーなのはエアカナダしかないんだもの)だけではまかないきれないので、アメリカに出てから乗る人が多いからアメリカ線が多くなるってのもあると思う。私なんかがしばしばそう。要するに国別じゃなくて北米空のネットワーク内でハブを求めてそこまで小型機で移動ってなスタイルが定着していると言っていいかと思う。

従って、トロント発は大型もそれなりにあるけど、中型から小型が多いと思う。
正確な数値は知らないが、乗降客に対して、成田との比較で離発着回数が結構多いように思えるのはそのためだしょう、多分。というか経験値的に、ボーイング737とかの120人乗りぐらいが主要都市間との行き来、 それ以外だと閉所恐怖症だったら乗れない、普通の人でもトラウマになりそうな40人程度の飛行機って感じがスタンダードかと思う。で、主要都市じゃない都市が散らばっているお土地柄、と。


ということは、あの滑走路は普通に、キャパ持ちすぎ、って感じと言ってもいいんだろうと思う。3000はいらないだろうという飛行機にもれなくのんびりやってください体制になっている、と。
いや、その前に、滑走路の本数がやっと2本とかじゃない(泣)。

これだけ施設的にキャパがあるところを見ると、メジャーな空港になる予定なんだろうか。でも、トロントの乗降客が激増する理由というのが思いつかない・・・。アメリカ北部がぽしゃっていくからハブになるつもりとか想像してたりして^^;)。どんな将来設計をしているのか不明。器だけ作ってから考えるらしい。

でも、器はいいけど、人的資源に問題がありそうな気はする。空港当局の施政の方はあんまり上手く言っているとは私は思ってない。何事によらずカナダの第一原則みたいな、みんなが大体気が長いから、あるいは寛容さこそ信条という人の割合がまだ高いのでこれでやってけてる、みたいな感じが相当する。


いずれにしても、このだだっ広い、そして近世以来街を整備しているという条件のある北米の都市の例を日本にあてはまるわけにはいかないけど、でも、やっぱり、それでも、滑走路長いの1本と短いの1本で、絶対に事故など起こさない、万全の体制をというのは限界があると思う。逆には、これまでのところの関係者の努力に頭が下がる。いや、もう、申し訳ないほどだ。


・・・いや、もううんざりするほどみんなが言ってきたことで、どうしてそうなったのかを知らないほど若いわけでもないんだが、これをきっかけにまた言ってもいいのじゃないかと思うわけだす。この体制はリスキーすぎる、と。究極的には人身事故が起こらないことが最高目的だとしても、航空行政には、経済、社会が負うリスクを低減することも含まれるだろう、と。