一人の人間のできることって大きいらしい


フランスという国は人間の権利と尊厳についてやかましいところとしている知られているのは伊達ではないのだなと思い知らされる今週だった。
一人の人間がどれだけ大きなことを成し遂げられるのか、見事に証明してくれたのだ。


いや皮肉じゃなくて、よくぞこれだけ堂々とデカデカと損を積み上げられたものだととにかく感心した、ソシエテ・ジェネラルのトレーダーのおにいさん。これまでにも不正取引で巨額の損失を作った人はいたわけだが、このフランス人のおにーちゃんは他の追随を許さないほど凄い。


仏ソシエテ巨額損失、不正取引持ち高は8兆円近くに
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080127AT2M2701Y27012008.html


先週末からヨーロッパ方面で大騒ぎになっていた通り、損失が71億ドルだとしたら、ユーロストック、ドイツ株式指数(DAX)、英FTSE指数などでの先物取引で取っていたポジションの総額はもっとずっと多い、それって一人のトレーダーができるのか、といった話がさらにヒートップしている。で、同社がそうなんです、そのトレーダーが抜け目なく同社の各種ヘッジとか監査とかのシステムを不正に操作というか、ハッカーよろしく行動していていたんですよ、と言えば言うだけ、でもさ、じゃあ、それでもそんなになるまで全く気づかないとしたら、あんたらどんな銀行、ねぇ?という返す刀の疑問があるだけに、大変。


英語のwikiに、List of trading losses
としてトレードでの損失ランキングがあったが、US$7.1 billionという、どういうお金なのかもうわからないほど大きな金額がいきなりぶっちぎりで1位に来た。ランキングを見るとカナダ人も頑張ってる。日本で勇名というか有名だった銅取引の人がいたけど、今でも上位ランキングに入っているのがいいんだか悪いんだか。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_trading_losses


昔とは仕組みが違うからというのも一理はあるし、それがデリバティブの怖さですとかいろいろの後付のコメントがだんだんに出てくるだろうけど、でも、それにしても今回のは(のも、だが)凄い。銅の人はその損失を積み上げるのに何年もかかったはずだし、イギリス金融の老舗ベアリングス社を潰した男で有名なニックはそれはそれなりに奇妙に大物なところがあって、それ故にかましてくれたみたいな反応もあったかと思う(その後本を書いて有名人になっている事態を見てもキャラが立っていた人には違いないだろう)。が、この31歳の人にはそういうものが、報道される限りではどこまでいってもまるで見えそうもなく一様に、目立たない人、おとなしい人だったみたいなことが言われているという点もまた、何か不気味でまるでリアルな感じがしない。
(きっとこの先は、ゲーム感覚の過ぎた若者が作った架空の世界−SG社を襲った危機、みたいな記事になるに違いない)


しかし損失はリアルなわけで、先週後半からは大西洋の西と東でこれ関連のニュースが興味の焦点となって報道の分量的にはすんごいことになっている。

ヨーロッパ側では、
・まず、どうやったらこんなの損できるのよ、という仕組みについて説明を求める、
・続いて、一人がこんなに損失できる仕組みって何よ、ソシエテジェネラル、と同社のリスク管理に大きな疑問を投げる
(上で書いたように、どう言ってみたところで、このトレーダーが狡猾だ狡猾だといったところで、それにしたって、じゃあ管理とか監査とかの人はそんなに間抜けなのか、あなたたちの投資銀行はそのようなものですか、といった反論が下にデカデカと構えている)
・その損失は本当に彼一人だけの損失なのか?(他で蒙った損失も含めたりしていないだろうね)


こうした疑問がある種正面だとすれば、それに続いて、

・SG社はそのトレーダーの抱えていた損が見込まれる大量にポジションを2日間で閉じた。下げ相場の真ん中で。つまり、そうでなくても弱気の市場に与えたインパクトは大きかったに違いない。ではそれが、先週月曜、火曜の欧州株式(ひいては世界中)急落の原因だったのでは、少なくともそのひとつではなかろうか、


と、この因果関係を探し出す人たちが先週木曜、金曜から出てきて、今日土曜日の記事を読むと、このへんはもう、そうだ、になっている感じ。時間が経てば経つほど、同時期に同じようにマーケットで活動していた人がいるわけだから、その時の状況とかが出てきて、先物がとにかく下げていたんだ、といった証言が出てくる。先物が急に下げてきたらとりあえず付いていく人が出てきて下げが下げを呼ぶ、と。


で、さらには損失発覚から市場でポジションを閉じるまでに時間的な差というか余裕があることからこの間にインサイダー的な人も発生していないのかという議論も登場。


一方で、大西洋のこっちでは、その影響を受けてしまったのかFRB、っていうところに焦点。


状況を整理すると、SGがなんかへんな取引があると同行のコンプライアンスオフィサーが警告を発しはじめたのが先々週の金曜日。そこからチームでデータを洗い出して、これは、これは、これは・・・・となっていって週末にかけて、SGのCEOを含む上級層というのかを含めて対策が練られた。そうしてこれはポジションを閉じるしかない(売るしかない)、と判断。その通りに実行。因果関係は一応保留ながらも、事実として、ヨーロッパ市場は崖から飛び降りるような下げを記録。


この21日月曜日はアメリカが休日だった。その間にこのドラマチックなまでの下げがあって、基本的には時間的に先なので因果関係はないだろうと思えるながらもアジアでも下げ、カナダ市場は7年ぶりの下げ幅を記録した。

人々は、明日アメリカ市場が開いたらどうなるんだろうかと固唾を呑んで見守っていた。これはつまり、ブラックマンデーならブラックチューズデーなのかと。

火曜朝、FRBは通常の手続きではなく、75 bpの緊急利下げをやっていた。


そこで問題は、この緊急利下げは欧州急落に誘発されたものではないのか、という疑問が出てきた。
SGは事の次第をフランス中央銀行には報告していた。で、フランス中銀は欧州中央銀行にもお話ししていた。一方、アメリFRBはとりあえず自分んちで利下げ決定をする際に欧州でのことは知らんかったと言っている、と。


これを総括したのがFTのこの記事か。
Markets ask if the Fed was duped
http://www.ft.com/cms/s/0/f7117848-cae7-11dc-a960-000077b07658.html


で、アメリカ国内でその話題を振ってきたものの中には、WSJのオンライン版についているブログ集みたいなものがある模様。見出しがとっても食いつきやすい。
Fedはだまされたわけか? とある。

Was the Fed Tricked?
http://blogs.wsj.com/marketbeat/2008/01/24/was-the-fed-tricked/



で、それを全部総括すると、

金利先物、ソジェン問題など受け来週の0.5%利下げ確率が58%に低下

 ディーラーは、21日以降のソジェンによる大量の損失ポジション解消の動きが、世界的な株価大幅下落の背景となったかもしれず、FRBの利下げにつながった可能性があると指摘している。ベアー・スターンズの首席為替ストラテジストのスティーブ・バロー氏は「仮にFRBが市場に「利下げを『ただで (free)』与えたと感じているとしたら、FRBは来週の利下げに消極的になるはず」と指摘した。

http://news.goo.ne.jp/article/reuters/business/JAPAN-299618.html


となるのだが、でも、これはまだ流動的のようだ。
で、その間アメリカのブログとかでは、そんなとことはともかく中央銀行はインフレと戦う、通貨の価値を守る仕事こそ本業で株価維持の番人じゃない(FRBはマーケットにひきづられすぎる)という正論といえば正論が普通に見られるようになってきた模様。常にマーケットが圧力をかけていくからそうなるんじゃん、でもあるし、この事態は常ならぬものだからといった見解もまだまだあるだろうが、しかし、正論が見えてきたということは、下げに耐性が出来てきた、底の見込みが立ってきたってことかいなという気がしないでもない。人間って面白い。

 サルコジは怒っている


そんなことはともかく、このトレーダー氏の問題は、フランスの大統領サルコジ氏を怒らせている、といった記事が上の本筋を凌駕する勢いで回っていたのが興味深い。

上で書いたように、SGは金融当局とは話をつけていた。しかし、大統領サルコジ氏にもその他閣僚にもその問題の週末にも売っぱらっていた月曜、火曜にも知らせがなく、大統領らが事態を知るのは、殆ど他の一般人と同じようなタイミング、水曜日になってからだった。


巷間怒っていると伝えられる大統領はとりあえず、財務大臣に事の次第を報告するSGに要求したという。
ここにある問題は、一民間企業とはいえフランスの企業が世界を震撼させかねない事態を迎えようとしている、しかもしれは不正取引がらみであって発覚時点での可能性としてフランス司法当局のお世話になる予定の話しだ。実際その後SGはトレーダーを訴えて、それがあるからフランス当局がこの人物を拘束して話を聞くという事態に発展している。


しかし、事態発覚後の5日間、事態は当局に伏せられており、その一方で、フランス中銀から欧州中銀という流れは生きていた。さて、SGを統括するのは誰、あるいは所属はどこなのか。フランス金融当局とはフランスではないのか、とも言えるのかも?


ただ、現実的に考えれば民間企業たるSGとしたら、できるだけ関係者を増やさないで売っぱらいたかったというのも(もし全部本当に一人のトレーダーの仕業であるというこの話が本当ならば、だが)、本当といえば本当だろう。つまり、SGが断固売ってくるとなったらアゲインストのポジションを取ってくる人を増やしてしまい、さらに損失を増やす可能性はあったとは素人でもわかる。で、大統領とか閣僚という目立つ人に知られてくれば、何かかぎつける人もいるだろう、みたいなことも考えただろう。しかし、それでも、もしこれを不正としてフランス当局に訴えを起こすのならば、最初からその当局を統括する主体、つまり国家、政府に協力する姿勢が求められる、とも言えるかもしれない。


さてどうなるのか。
SGという一企業という話だけでもマーケットの現在の動きという問題だけでもなく、金融政策を一元化しているEUって大変ですね、という話でもあるだろうと思う。そしてそこが一番やっかいそうな気もする。


ある種ゴシップ的な興味としては、フランスが誇る特定のいくつかの学校出身者で占められるエリート集団 vs サルコジというテーマの変奏になっている点も注目か。つまり金融業界もまたエリート群からの供給で、SGのCEOもフランス中銀の人もそこの中人々。で、サルコジは完全にアウトサイダー。立場上、業界上の問題もあるだろうが、でも、ここにある「壁」も問題かもね、というところ。どうでるサルコジ、と。


なんにしても、イギリス勢がスキャンダル(殊に金融がらみ)に食いつく時の総力戦ってすごい。FT、Times、telegraphというそれなりに確固たる地位のあるメディアが総出となればそれを見て事態を把握しようとしている世界中のメディアの興味を惹起しないわけもなく、そうすればそこから更に情報は洪水のように流れ出す。別の系統であるGuardianも、フランスでどう報道されているかを翻訳紹介しているという格好のサポートとして参入していた。ここから考えると、アメリカっておとなしい国だよなとか言いたくもなる。